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宇都宮地方裁判所 平成2年(行ウ)9号 判決

原告

学校法人帝京大学

右代表者理事

冲永荘一

右訴訟代理人弁護士

萩原平

後藤邦春

横堀晃夫

被告

栃木県知事

渡辺文雄

右訴訟代理人弁護士

佐藤貞夫

平野浩視

阪口勉

右指定代理人

安納守一

外五名

参加人

西房美

右訴訟代理人弁護士

三宅弘

杉山真一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

栃木県知事が栃木県公文書の開示に関する条例に基づき平成二年一〇月一九日付でした別紙目録記載の文書を開示するとの決定を取り消す。

第二  事案の概要

本件は、栃木県内に住所を有する参加人が、栃木県公文書の開示に関する条例(昭和六一年三月三一日栃木県条例第一号、同年一〇月一日施行、以下「本件条例」という。)五条一項一号に基づいて、被告に対して、原告が宇都宮市内に建設予定であった帝京大学理工学部の施設整備費補助金の交付申請に際して栃木県に提出した文書の開示を請求したところ、被告が右請求に一部応じて部分開示する旨の決定をしたため、原告が右開示処分が非公開事由を定めた本件条例六条二号及び五号に該当し、違法である旨主張し、その取消しを求めている事案である。

一  当事者間に争いがない事実

1  本件開示請求に至る経緯

(一) 原告は、栃木県に対し、昭和六一年五月一三日、帝京大学理工学部設置に関する施設整備費補助金(以下「本件補助金」という。)交付の要望をした。

(二) これに対し栃木県は、昭和六二年七月三日の同県定例本会議において、事項・帝京大学理工学部施設整備費補助金、期間・昭和六三年度から同六五年度まで、限度額・総額一〇億円(昭和六三年度四億円、同六四年度三億円、同六五年度三億円)とする旨議決し、栃木県補助金等交付規則(昭和三六年栃木県規則第三三号)及び私立大学施設整備費補助金交付要領に基づき、原告が右補助金の交付を受けようとするときは、補助金交付申請書に、(1)理由書、(2)事業計画書、(3)大学の概要及び教職員組織表、(4)学則、(5)現年度予算書、(6)前年度収支計算書、(7)貸借対照表、(8)財産目録及び(9)その他知事が必要と認める書類を添付しなければならないと定めた。

(三) 原告は、平成元年三月一四日付で栃木県に対し、前記(1)ないし(8)の書類、認可証写、契約書写及び工程表の各書類を添付して本件補助金のうち昭和六三年度分四億円の交付申請を行ったところ、栃木県は、同月二〇日付で原告に四億円を交付する旨の決定をし(交付額の決定は同年五月三一日)、その旨の通知をした。

2  参加人による本件開示請求

栃木県の住民である参加人は、平成元年三月三一日、本件条例五条一項一号に基づき、本件条例の実施機関である被告に対し、原告が栃木県に提出した補助金交付申請書及び同申請書に添付された前記各文書の開示を請求(以下「本件開示請求」という。)した。

3  被告による公文書一部開示決定処分

被告は、参加人の本件開示請求に対し、平成元年四月一三日付で前記各文書のうち、補助金交付申請書、(1)理由書、(2)事業計画書の一部、(3)大学の概要及び教職員組織表、(4)学則、認可証写及び工程表を開示し、その余については非公開とする旨の決定(以下「本件原処分」という。)をした。

4  原処分に対する異議申立

参加人は、本件原処分のうち非公開とした部分を不服として、平成元年四月二七日、行政不服審査法に基づき被告に対する異議申立を行い、前記(5)ないし(8)の各文書の開示を求めたところ、被告は、本件条例一二条に基づき、栃木県公文書開示審査会に対して諮問した。同審査会は、審査の結果、平成二年九月七日、異議申立に係る文書のうち、(5)の現年度予算書のうち資金収支予算書及び消費収支予算書、(6)の前年度収支計算書のうち資金収支計算書及び消費収支計算書並びに(7)の貸借対照表のうち、各大科目部分は開示すべきものとし、その余については非公開としたことは妥当である旨、被告に対して答申した。

5  本件処分

被告は、本件条例に基づき、平成二年一〇月一九日付で参加人に対し、(6)の前年度収支計算書のうち資金収支計算書及び消費収支計算書における予算、差異欄を除いた決算欄についての大科目部分並びに(7)の貸借対照表における昭和六三年度末欄、昭和六二年度末欄及び増減欄についての大科目部分に当たる別紙目録記載の文書(以下「本件文書」という。)を開示する旨の決定(以下「本件処分」という。)をした。

二  争点

(本案前の争点―原告の当事者適格)

本件処分の相手方でない原告に、同処分の取消の訴えを求める当事者適格が認められるか。

(本案の争点―本件処分の違法性)

1  本件文書に記載された情報(以下「本件情報」という。)が本件条例六条二号所定のいわゆる「不利益情報」に当たるか(非公開事由該当性)。

2  本件情報が本件条例六条五号所定の情報に当たるか(非公開事由該当性)。

3  本件情報が右の非公開事由に該当する場合でも、被告に開示請求に応じるか否かについての裁量権が認められるか。仮に裁量権が認められるとして本件処分に裁量権の逸脱ないし濫用があるか。

三  本案前の争点(原告の当事者適格)に関する当事者の主張

【原告】

行政事件訴訟法九条の「法律上の利益を有する者」とは、当該行政処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され、又は侵害されるおそれのある者をいうと解されるところ、本件条例は、いわゆる第三者情報につきこれを公開することにより当該第三者に不利益を与えることが明らかである場合には、これを公開しないことができると規定して当該第三者の競争上の地位その他正当な利益を保護しており、右利益は、行政事件訴訟法九条にいう法律上保護された利益に当たると解すべきである。

原告は、後記のとおり本件処分により競争上の地位その他正当な利益を害される地位にあるから、本件処分の取消を求めるにつき右法律上の利益を有する。

【被告】

行政事件訴訟法九条は、「処分の取消の訴え及び裁決の取消の訴え(以下「取消訴訟」という。)は、当該処分又は裁決の取消を求めるにつき法律上の利益を有する者(処分又は裁決の効果が期間の経過その他の理由によりなくなった後においてもなお処分又は裁決の取消によって回復すべき法律上の利益を有する者を含む。)に限り、提起することができる。」と定め、取消訴訟についての原告適格と狭義の訴えの利益について規定しているところ、行政処分の直接の相手方でない者が行政処分について争う場合には、その者が法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者であることを要すると解すべきである。

また、法律上保護された利益の有無については、当該処分の根拠となった法律の目的、各条文の全体の趣旨、更にそれと密接に関連する基本法あるいは旧法の目的ないしは沿革を総合的に考慮し、合理的解釈を加えて判断すべきところ、(1)原告適格を基礎づける「法律上の利益」とは行政法規が当該処分に当たって保護すべきものとしている個別的利益であり、(2)右の行政法規とは、当該処分の根拠規定及びその処分の要件を定めた規定に必ずしも限られず、右規定の解釈に当たって、当該行政法規中の他の関係規定及びその法規全体の趣旨目的を勘案し、(3)当該行政法規が実現しようとしている公益に完全に包含される利益は、右「法律上の利益」ということはできないが、(4)当該行政法規が右のような公益の中に吸収解消せしめず、これと並んで、当該利益の全部又は一部を個別的利益として保護すべきものとする利益が「法律上の利益」というべきである。

本件で、原告は本件文書の開示を強制することが、大学の自主性、独自性を阻害し、学園の自治や運営に不利益を生ずるなどとして本件処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有する旨主張しているが、本件条例は、右原告主張の利益を個別的利益として保護する旨明記していないし、その各規定を合理的に解釈すれば、少なくとも右利益は公文書開示請求権を十分に保障し、その実現に向けての適正な遂行のために、たまたま受けることになるに過ぎない反射的利益ないし事実上の利益に止まり、本件条例の関係規定等が本件開示処分に当たって保護すべきものとしている個別的利益とはいえない。

したがって、原告は本件処分の取消を求める法律上の利益を有しないから、本件訴訟における原告適格を欠き、本件訴えは不適法却下を免れない。

四  本案の争点(本件処分の違法性)に関する当事者の主張

1  本案の争点1(本件条例六条二号該当性)について

【原告】

(一) 本件条例六条二号の非公開事由としての不利益情報の意義

本件条例六条は、「実施機関は、次の各号のいずれかに該当する情報が記録されている公文書については、公文書の開示をしないことができる。」と定め、さらに同条二号で「法人その他の団体(国及び地方公共団体を除く。以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、公開することにより、当該法人等又は当該事業を営む個人に不利益を与えることが明らかであると認められるもの(以下「不利益情報」という。)。ただし、次に掲げる情報を除く。イ人の生命、身体又は健康を法人等又は個人の事業活動によって生じる危害から保護するため、公開することが必要と認められる情報、ロ人の財産又は生活を当該法人等又は当該事業を営む個人の違法又は不当な事業活動によって生じる侵害から保護するため、公開することが必要と認められる情報、ハイ又はロに掲げる情報に準ずる情報であって、公開することが公益上必要と認められるもの」と定めている。

ところで、本件文書に対する開示請求権は本件条例によって創設された権利であるから、本件文書を開示することが原告にとって不利益か否かの判断は、本件条例全体の趣旨及び六条二号の解釈のみに基づいて行うべきであり、本件条例の規定及び該当条文の解釈とは無関係に、一般的、抽象的な意味での公開の公益性や必要性などに依拠すべきではない。

右の観点から非公開事由(適用除外事由)を定める本件条例六条二号を解釈すると、同条同号の「不利益を与える」とは、当該法人等の競争上の地位その他正当な利益を害すること、すなわち、法人の事業活動、事業運営、名誉、信用力、社会的評価、社会活動の自由等を害することを、「不利益を与えることが明らかである」とは、当該情報の内容、法人の性格、規模、事業活動における当該情報の位置づけ、当該情報が広く一般に知られることとなった場合などを考慮して不利益を与えることが客観的に明らかであることを、それぞれいい、「不利益を与えることが明らかな情報」とは、生産技術上のノウハウ、販売、営業上のノウハウ、信用上不利益を与える情報、経理、人事等の情報がこれにあたる。

(二) 本件情報の六条二号該当性について

(1) 本件文書は、昭和六三年度私立大学施設整備費補助金交付申請書に添付された原告の前年度収支計算書のうち、資金収支計算書及び消費収支計算書における予算、差異欄を除き、決算欄についての大科目部分並びに貸借対照表における昭和六三年度末、昭和六二年度末及び増減欄についての大科目部分を記載した文書で、学校法人である原告が行うすべての教育、研究活動、事業活動状況を金額で示した経理内容に関する情報を記載した経理文書であるから、その情報の性質上絶対的に秘密とすべきものである。

(2) また、原告は、急成長を遂げている学校法人であるが、その規模においても歴史においても、より一層活発な事業活動と将来に向けての長期的ビジョンをもった教育研究活動・事業や経営努力を積み重ねていかなければならない状況にあり、しかも、今後は学生数が急激に減少するいわゆる「大学の冬の時代」が到来するから、十分な教育研究が可能となるべく一定の学生数、学生の質の確保、優秀な教職員の確保等の面において原告の設置する大学を含む学校の生き残りをかけた熾烈な競争を、他の学校法人と行っていかなければならず、そのため原告独自の経営戦略や経営上のノウハウを開発、研究してきた。

ところで、本件文書は、前記情報を記載した経理文書であり、それが大科目部分に限られるとしても、そこに記載されている数値を基に財務分析を行うことで、原告の学校法人としての経営実態をかなり明確に把握することができ、原告の財産の状況、支払能力、信用能力等の財務内容、収益力(収入及び支出の実態)、更に、これらの分析結果を文部省等が公表している統計結果と比較することにより、他の学校法人との差異優劣が判明し、学校法人としての独自の経営方針や経営ノウハウを看取することができる。すなわち、①資金収支計算書からは、記載金額の絶対額によって学校法人の経営規模、資産運用規模等が、経常的収入と経常的支出のバランスによって学校法人の経営内容の良否が、帰属収入の占める割合によって学校法人の財務の安全性の善し悪しが、支出のうち消費支出以外の支出(借入金返済支出、施設整備関係支出等)の占める割合によって人件費や教育研究費に対する圧迫の度合いが、施設及び設備関係支出の財源が何かによって経営ノウハウの妙味が、新規借入額と弁済額の関係が急激に変化した場合に資金を必要とする事由が新たに生じたのか、あるいは法人の財務の方針に変化があったのか等が判明し、②消費収支計算書からは、当該会計年度における消費収入と消費支出の内容、当該会計年度における消費収支の均衡状態が把握でき、その数値を基に算出した構成比率を日本私学振興財団作成の「今日の私学財政」に掲載されている財務比率表の平均数値と比較、評価することによって他の学校法人との比較等が可能となり、③貸借対照表からは、学校法人の財務状態(特に財務の安全性)、財政状態の変化が、それぞれ判明する。

右に述べたように、本件情報を基に財務分析を行う結果、原告の学校法人としての規模、資金調達状況、資金の動き、収支の均衡状況等の財政状態等を把握でき、その数値を基に算出した構成比率と「今日の私学財政」に記載されている平均数値と比較、評価することによって、原告が教育、研究活動その他の諸活動のうち、どの活動に力点を置いているか、あるいは原告の経営する各学校及び病院等の経営に係る全事業についての経営・財政状態、事業活動、事業運営、事業方針、原告独自の財務・経営戦略や経営上のノウハウ等を十分に読み取ることができるから、本件文書が開示されることによって、原告とライバル関係にある他の学校法人に原告独自の経営戦略や経営上のノウハウ等を容易に模倣されることになり、原告の競争上の地位が侵害されることになる。

なお、本件処分は大科目部分に止まるが、大学等の経理、財務分析は大科目で行うことは周知のところであって、それが公開されることは原告にとって実質的に全部の公開が認められたのと同様の不利益をもたらす。

(3) さらに、同様にして本件文書から得られた情報を基に原告の経営状況や事業運営等について不特定の第三者から一定の批判が加えられ、ひいては原告の教育研究等の活動等に干渉を受け、原告の大学の自治及び自主的な学校運営等が阻害されることになるうえ、本件文書の分析結果が悪意に満ちた一方的な、ためにする解釈によって広く公開されれば、原告の信用力、社会的評価等が容易に害されることにもなる。

(4) このように本件情報が一旦公表されると、何時でも、何度でも、誰でも右情報を利用できることになるから、これによって被る原告の不利益は計り知れない程甚大なものとなり、しかもその損害を回復することは法的にも実際上も不可能ないし著しく困難であるから、本件文書の開示が原告に不利益を与えることは客観的に明らかというべきである。

(5) なお、私立学校法四七条は、学校法人は毎会計年度終了後二月以内に財産目録、貸借対照表及び収支計算書を作成し、常にこれを各事務所に備え置かなければならない旨定めているが、同条は右書類の作成と備えつけを規定するに止まり、第三者に公開すべきものとは規定していないし、また、その趣旨に基づくものでもなく、その他学校法人が経理文書を公開することを義務づける法律は存在せず、また、私立大学経営倫理綱領(以下「綱領」という。)及び私立大学の経営に関する指針(以下「指針」という。)は、学校法人の経理の開示について定めているが、これらはあくまで倫理綱領に止まり、公開するか否か、またその内容や範囲についてはあくまで各学校法人の自主的判断に委ねており、大学の自治が認められている学校法人においては、公開の必要性もないのである。株式会社については、商法二八一条、二八二条二項によって、貸借対照表、損益計算書、営業報告書等につき、株主及び会社の債権者は閲覧等ができるとされているが、それは会社の株主等に限定されているのであって、無限定に閲覧等を認めているわけではない。

(三) 本件条例六条二号は、単に「不利益を与える」と規定しているのみで、「著しい不利益を与える」とか「不当に不利益を与える」とは規定していないから、本件文書の開示によって、原告に不利益を与えることが明らかであれば、その程度が著しいとか、不当であるかどうかにかかわらず、同条号所定の不利益文書になるというべきである。

(四) したがって、本件情報は六条二号の不利益情報に当たるから、本件処分は違法である。

【被告】

(一) 本件条例六条二号の非公開事由としての不利益情報の意義

(1) 本件条例の趣旨は、憲法九二条に定める地方自治の本旨に則り、県民の県政への積極的な参加を推進し、一層公正で開かれた県政を実現するためには、その前提として県政等に関する情報が県民に十分公開され、県政等に関する県民の理解と認識を得る必要があり、右目的を実現するため、県の保有する情報は県民との共有財産であるとの認識の下に、その保有する公文書を原則として公開すべきものとし、もって地方自治の本旨に基づいて活力ある地方公共団体の運営を図ることを目的としたものであるところ、本件条例の定める公文書開示請求権は、本件条例によって創設された権利であるから、その具体的内容はあくまで本件条例により定められるべきものである。

(2) 本件条例は、その解釈及び適用について、「実施機関は、県民の公文書の開示を求める権利が十分に保障されるようこの条例を解釈し、運用するものとする。」(三条前段)と定め、公文書の原則公開の基本理念を示し、同時に「個人の秘密その他の通常他人に知られたくない個人に関する情報がみだりに公開されることのないよう最大限の配慮をしなければならない。」(同条後段)と定めて、個人のプライバシーについては最大限の配慮をしながらも、本件条例、特に六条所定の非公開事由の解釈に際しては、恣意的な解釈、運用を排除し、県民の公文書開示請求権の実質的な保障を図ろうとしている。よって、非公開事由の解釈に当たっては、県民の公文書開示請求権の実質的な保証を図るべく、その規定の文理及び趣旨並びに県政の公正若しくは適切な実施という目的に照らして、当該公文書の内容等に応じて客観的、合理的に解釈されなければならない。すなわち、非公開事由の有無は、法文解釈の一般原則と公文書の原則公開という基本理念を示した本件条例三条前段の趣旨に従って判断すべきである。

(3) 本件条例六条二号は非公開事由として「公開することにより、当該法人等……に不利益を与えることが明らかであると認められるもの(情報)」と定めているが、これは法人等にも社会の構成員としての自由な事業活動が認められているから、その事業活動上の利益を十分尊重、保護し、法人等に不利益を与えることを防止しようとしたものである。

したがって、ここに「不利益を与える」とは、当該法人等の競争上の地位その他正当な利益を害すること、すなわち、法人の事業活動、事業運営、名誉、信用力、社会的評価、社会活動の自由等を害することをいい、また、情報公開事務の手引において、「不利益を与えることが明らかであると認められないもの」として、補助金等公金支出に関する情報で、ノウハウ等を除いたもの、公開することにより「不利益を与えることが明らかと認められるもの」として生産技術上のノウハウ、販売・営業上のノウハウ、信用上不利益を与える情報、経理、人事等の情報がこれに当たるとされていることからすれば、経理情報については、それが単に経理情報というだけで開示されることが不利益であるとされるのではなく、競争上の地位等の根底にある経営上のノウハウが開示されることによって初めて「不利益を与える」ことになるというべきである。

(4) また、本件条例六条二号は、不利益を与えることが「明らかである」と規定しているが、いわゆる第三者情報の記載された公文書が開示される場合に、当該第三者が主観的に当該情報を秘密にすることを欲している場合には、その情報が公にされることによって当然何らかの不利益が生じ得るところ、本件条例の趣旨に照らせば、主観的に秘密とする利益がある事由のすべてが非公開となるのではなく、不利益が客観的に明らかである場合にのみ受忍限度を越えるものとして、二号の非公開事由に該当するというべきである。

ところで、この「不利益」か否かに関する客観的判断においては「不利益」概念が相対的な一般概念であることから、一般的な価値判断、すなわち、社会通念に従って行うべきであり、その意味で、綱領及び指針の定める判断基準が重要な指標として考慮されるべきである。また、営利を目的とし、競争原理にさらされている私企業についてすら、商法により貸借対照表等の公開が規定されているが、これは貸借対照表のようなものは企業の秘密ではないと考えられていることに基づくものであり、この理は公共性の高い学校法人においては一層妥当するものである。

(二) 本件情報の六条二号該当性について

(1) 本件文書は、法人である原告の経理内容に関する情報を記載した経理文書であるが、いわゆる不利益情報に該当するか否かの判断においては、前記のとおり、当該情報の持つ意味、価値や公開によって生じ得る法人の不利益について社会通念に従って判断すべきであるから、経理文書といわれる文書であっても、その性質上絶対的に秘密にすべきものであるとはいえず、その都度、非公開事由該当性を具体的に判断すべきである。

(2) そして、経営分析の手法は、大科目及び大科目に相当する科目(以下「大科目」という。)を中心に法人の大きな姿をとらえ、次になぜそのような結果になったかについて小科目をもとに検討していくのが一般的分析方法とされているが、なぜそのような結果になったかという過程がノウハウであって、法人の大きな姿をとらえる資料、すなわち、大科目の数字ないしそれにより算出される比率などはノウハウではない。また、大科目に記載されている金額によって一定の経営分析はできても、その構成や構成比率から資金の使途、運用状況を把握することはできず、財務比率の評価も個々の学校法人の内部情報等を個別に判断しなければ一概にその良否を云々することはできないのである。

したがって、いわゆる小科目部分まで含めた経理情報であれば、ノウハウ等が把握され、その競争上の地位その他正当な利益を害するということがあり得るが、大科目部分のみが記載されるに止まる本件文書に学校法人の事業戦略、事業方針、ノウハウ等の情報が記載されているとはいえず、また、そのような情報を読み取ることもできないのであるから、原告が他の学校法人から模倣等の不利益を受ける余地はないのであって、少なくとも不利益を与えることが客観的に明らかな情報が記載されているとはいえない。しかも、公共性が高く、その適正な運営を図るために経理の開示等を標榜しているような学校法人においては、大科目部分に限る本件情報が開示されたとしても、競争上の地位その他正当な利益を害することにはならないというべきである。近年、学校法人が経理内容を公開していく傾向にあり、本件文書と同様の範囲の文書が公開されている事例が見受けられるが、これはまさしく右のような判断に基づくものである。なお、本件条例における公文書開示請求にあたっては、その必要性は要件とされていない。

また、経理、財務分析は大科目を中心に行われるが、それは統計処理上の限界等があるからであって、本来大科目だけで行われているのではないから、大科目程度の公開によって実質的に全部の公開が認められたと同様の不利益を受けるともいえない。

(3) さらに、第三者からの批判、干渉等についても、それにより直ちに大学の自主性が阻害される関係にはなく、原告主張の悪意の解釈や宣伝についても、六条二号にいう「不利益」とは単に法人側で主観的に不利益であると思うだけでは足らず、不利益を与えることが客観的に明らかであることが必要とされるところ、原告の右可能性はいずれも単なる主観的危惧に過ぎず、不利益が客観的に明白であるということは到底できない。

(三) よって、本件情報は六条二号の不利益情報には当たらない。

【参加人】

(一) 本件条例六条二号の非公開事由としての不利益文書の意義

(1) 本件条例は、憲法上の権利として確立している国民の知る権利を情報開示請求権として実定法上具体化したものであるから、その内容、制限等については憲法、国際人権規約の趣旨に従って解釈されなけれはならず、殊に情報開示請求権を制限する非公開事由を解釈するにあたっては非開示とされる情報が必要最小限となるよう厳格に解釈されなければならない。

(2) 本件条例六条二号は、法人その他の団体(法人等)又は事業を営む個人の事業に関する情報について、開示の適用除外として非公開とすることができる情報の範囲を定めつつ、但書で開示しなければならない情報を規定したものであり、請求権者の知る権利と当該法人等の権利、利益との調整をはかったものであるから、本号も、非公開とすることにより保護される権利、利益が何かを明確にした上で「公開原則」の必要最小限の例外として厳格に解釈運用されねばならない。かかる観点からすれば、同条同号の定める「不利益」とは、競争上又は事業活動上の不利益に限定されるというべきである。

(3) また、本号は事業を営む者の自由市場下における事業活動の自由を保護するための条項であり、情報開示請求権者の知る権利との調整をはかる保護法益は経済的自由であるから、両者を衡量をする際には知る権利が優越的自由であることを前提としたうえで衡量がなされるべきであり、事業活動に何らかの不利益があれば、直ちに本号に該当するとの解釈は許されず、また、同じく「事業」といってもその種類によっては自由市場下における競争原理が支配している事業とそうでない事業(例えば公的性格を有する事業)とがあるのであって、事業の種類によっても非公開となる情報の範囲は異なってくるというべきである。

(4) 以上を総合すると「当該法人等……に不利益を与えることが明らかであると認められるもの」とは、少なくとも当該情報を開示することによって、事業を営む者の事業活動が社会通念上不当に侵害され、競争上の地位その他正当な利益を害する場合でなければならず、また、事業の運営に支障が生じる可能性があるという漠然としたおそれだけでは「不利益を与えることが明らかであると認められるもの」には当たらないというべきである。

(二) 本件情報の六条二号該当性について

(1) 本件文書は、原告が栃木県に対し帝京大学理工学部設置に関する補助金交付を要望し、同県から補助金一〇億円の交付を受けるにあたり、栃木県補助金交付規則及び私立大学施設整備費補助金交付要領に基づき本件補助金申請書に添付して任意に提出した文書であり、しかも、本件補助金は、栃木県民らから徴収した税金を私立大学設置のために支出する公金であるところ、公金の支出先である私立大学の経理内容がどのようなものであるかについては、栃木県民らが主権者及び納税者として当然に知る必要のある情報である。

また、私立大学は、自主性を重んじられる一方で「公共性を高めること」を要請されており(私立学校法一条)、毎会計年度終了後二月以内に財産目録、貸借対照表及び収支計算書を作成し、常にこれを各事務所に備え置き(同法四七条)、秘密とすることができないとされており、さらに、経常費補助金を受ける学校法人は、右貸借対照表及び収支計算書について大科目のみならず、小科目をも記載することが義務づけられている(私立学校振興助成法一四条一項、学校法人会計基準(昭和四六年文部省令一八号)別表第一ないし第三)。これらの規定は、学校法人が公共的性格を有し、公費をもって補助を受けるものであることに鑑み、その経理の合理化、適正化をはかろうとの趣旨に基づくものである。このように学校法人は、その公共的性格に鑑み、財政状況の詳細についての資料を事務所に常備することを義務づけられているのであり、従来から多数の学校法人がその経理内容を公開したり、指針に基づき大科目程度の経理を公開しているのも右のような大学の公共的性格及びこれに基づき経理内容を秘密扱いできないという法の趣旨に基づくのである。したがって、このことは本件条例の解釈にあたっても、十分に斟酌されるべきであり、結局、本件情報は形式的にも秘密として取り扱われていないものというべきである。

(2) 本件文書が開示されても、大科目のみの数字はノウハウには当たらないのであるから、大科目のみの開示により、経営方針、戦略等の経営上のノウハウが模倣され、競争上の地位が害され、大学の自治や運営に不利益を生じるという原告の主張には論理の飛躍がある。現に多くの私立大学で前年度収支計算書及び貸借対照表の明細表等を広報(学報)などで公開していることは、その公開に不利益がないことを示すものであり、大科目部分を公開することによって原告に不利益を与えることはそもそも有り得ないことであるし、また、営利を目的とし、競争原理にさらされている株式会社においてすら、出資者である株主に出資の判断資料として貸借対照表等が開示されているのであるから、公共性の高い私立大学が税金から助成を受ける以上、助成の必要性及び有効性についての判断資料を納税者に公開すべきことは当然の理である。

(3) さらに、本件文書は、原告が栃木県に任意に提出した文書の一部であるから、原告としては本件条例に基づき開示されることを当然に予測すべきものであるのみならず、第三者の一方的な解釈、批判、干渉、悪意の宣伝等により社会的評価等が侵害され、大学の自主性、独自性を阻害されるとの原告の主張は、原告の主観的な見込みに止まるものであり、かえって、本件文書が一〇億円にものぼる公金支出の相手方に関するものである以上、参加人を初めとする栃木県民にとって、主権者、納税者の立場から当然に知るべき事柄であり、また、それを知ったうえでの公正かつ適正な批評は、むしろ行われるべきものであって、原告としては右の公正かつ適正な批評は元々甘受すべき立場にあるから、それによって大学の自治や運営に不利益を生じるものではない。

(三) よって、本件情報は六条二号の不利益情報には当たらない。

2  本案の争点2(本件条例六条五号該当性)について

【原告】

本件補助金は、大学誘致を含む高等教育機関整備等の事業目的達成のために交付されたものであり、本件文書は右補助金交付申請書に添付された文書の一部であるから、本件情報は、栃木県の右事務に関する情報といえる。

ところで、栃木県は、原告に対し、右補助金交付申請書及び添付書類提出に当たり、本件条例の存在と本件文書程度の経理文書が公開される可能性のあることを説明すべきであったのに、それを怠り、何らの説明も行わなかった。そのため原告は、栃木県から命じられるままに本件文書等を提出したが、原告としては、仮に事前に右の説明を受けていれば、添付書類の吟味や本件補助金ないし理工学部進出の辞退もできたのであるから、公開されることによって原告の不利益となる本件文書が原告の意思に反して公開されることは、原告に対する重大な信義則違反となり、栃木県と原告との信頼、協力関係に支障を生じさせ、今後、原告の任意の協力を得ながら進めていかざるを得ない本件補助金交付事務の目的達成に支障をきたすことになる。また、自主的な判断によらない経理公開に抵抗を持つ他の学校法人の誘致を著しく困難なものとし、ひいては県民全体の利益を損なうこととなる。

よって、本件情報は、本件条例六条五号に該当する。

【被告】

本件条例六条五号は、「県の機関又は国等の機関が行う検査、監査、取締り、争訟、交渉、入札、試験その他の事務に関する情報であって、当該事務の性質上、公開することにより、当該事務若しくは同種の事務の実施の目的が失われ、又はこれらの事務の公正若しくは適切な実施を著しく困難にするおそれのあるもの」が記載されている文書については公開しないことができる旨定めている。

同号は、これら行政事務に関する情報の中には、事務の性質上、公開することにより県民全体の福祉の増進を目的とする当該行政事務若しくは同種の事務の実施目的が失われ、又はこれらの事務の公正若しくは適切な実施を著しく困難にするおそれがある場合には、県民全体の利益が損なわれることがあるため、公開を原則とした公文書開示制度の例外として、右のような情報を記載した公文書を開示しないことができるとしたものである。

本件文書は、私立大学施設整備費補助金交付申請書に添付された文書であるから、補助金交付事務に関する情報といえ、六条五号の掲げる「その他の事務」に該当する可能性があるが、原告の主張するところは、結局、自己の不利益に止まり、かつ本件文書の開示によって原告に不利益を与えないことは既に述べたとおりであるから、本件文書を開示することが、社会通念上、栃木県と原告間の信頼、協力関係を損なう理由にはならないのであって、補助金交付目的を失わせることにもならない。

また、今後、栃木県に進出しようとする学校法人は、様々な要因を総合的に勘案して、その決定を行うであろうから、本件文書と同種の文書が開示される可能性があるというだけで、進出しない旨の決定を行うとはいえず、本件文書の開示により、今後の大学誘致事務を著しく困難にするおそれもない。

よって、本件情報は、本件条例六条五号にも該当しない。

3  本案の争点3(裁量権の逸脱、濫用の有無)について

【原告】

本件条例六条各号は、公文書のうち公開すべきでないものを限定的かつ明確に類型化したものであるから、被告に開示するか否かの裁量権を与えたものではなく、非公開事由に当たる場合には必ず非公開とすべきことを義務づけたものである。したがって、被告が非公開事由に該当する本件文書を裁量によって開示することはできないし、仮に被告が裁量により開示したとすれば、それは裁量権の逸脱ないし濫用となり、いずれにしても本件処分は違法である。

【被告】

本件条例六条柱書は「同条各号に該当する情報が記録されている公文書については、公文書の開示をしないことができる。」と規定しているから、本件条例は、原則公開の例外としてのいわゆる非公開事由に該当する情報が記録されている文書であっても「開示をしないことができる」として、被告に開示をしないことを義務付けているわけではない。なお、本件処分は、本件条例六条の非公開事由に該当しないと判断したことによるものであり、被告が裁量により開示したものではない。

第三  争点に対する判断

〔本案前の争点(原告の当事者適格)に対する判断〕

被告は、本件処分によって原告の個別的な権利、利益は何ら影響を受けるものではないから、原告は本件処分の取消を求める法律上の利益を有せず、本件訴えは不適法である旨主張する。

本件条例は、三条で「実施機関は、県民の公文書の開示を求める権利が十分に保障されるようこの条例を解釈し、運用するものとする。この場合において、実施機関は、個人の秘密その他の通常他人に知られたくない個人に関する情報がみだりに公開されることのないよう最大限の配慮をしなければならない。」と定め、六条で「実施機関は、次の各号のいずれかに該当する情報が記録されている公文書については、公文書の開示をしないことができる。」としたうえ、二号で「法人等に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報であって、公開することにより、当該法人等又は当該事業を営む個人に不利益を与えることが明らかであると認められるもの」と定めている。さらに栃木県は、個人、法人、市町村等県以外のもの(以下「第三者」という。)に関する情報が記載されている公文書について、本件条例五条一項の規定により公文書の開示の請求があった場合における取扱に関し、公文書の開示に係る第三者情報の取扱要綱を定め、「開示請求に係る公文書に第三者に関する情報が記載されているときは、公文書の開示をするかどうかの決定を行う上での参考とするため、当該第三者の意見聴取を行う。」(同要綱二条)としている。

これらの規定は、開示請求の対象となった個人、法人その他の団体の秘密ないし情報を公文書の開示を求める権利と対立する具体的利益として捉え、その利益を開示処分により不当に侵害することのないように配慮しようとの趣旨に基づくものと解され、本件文書が法人である原告の経理内容に関する情報を記載した文書であることは当事者間に争いがない。したがって、仮に行政処分の直接の相手方でない者が行政処分について争う場合の法律上の利益を前記被告主張のように、その者が法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者であることが必要であると解したとしても、原告は本件処分の取消を求めるにつき法律上の利益を有するものというべきであり、被告の主張には理由がない。また、他に、本件訴えを不適法とすべき理由もないので、被告のこの点に関する主張は採用できない。

〔本案の争点(本件処分の違法性)に対する判断〕

一  本件条例における公文書開示請求権について

1  本件条例は、一条において「県民の公文書の公開を求める権利を明らかにするとともに、公文書の開示に関し必要な事項を定めることにより、県民の県政に対する理解と信頼を深め、県政への参加を推進し、もって一層公正で開かれた県政の実現に寄与することを目的と」し、三条において「実施機関は、県民の公文書の開示を求める権利が十分に保障されるようこの条例を解釈し、運用するものとする。この場合において、実施機関は、個人の秘密その他の通常他人に知られたくない個人に関する情報がみだりに公開されることのないよう最大限の配慮をしなければならない。」ことを明らかにし、後記のとおり六条各号で非公開事由を列挙している。

右の本件条例の目的、解釈指針に関する規定の文言からすると、本件条例は、憲法二一条から派生する知る権利の尊重と同法一五条の参政権の実質的な確保の理念に則り、県民の県政への参加を実現するために制定されたものであって、本件条例により、県民等一定の者に行政機関の保有する情報の公開を求める権利を付与し、県の有する情報は原則として公開し、ただ、公開することにより、個人のプライバシーや法人、企業の営業上の秘密等を侵害したり、住民全体の利益を害し、行政の公正かつ円滑な運営を妨げるおそれのある情報等については例外的に非公開とすることによって、公開を請求する者の権利と情報を開示される第三者の利益、県民の利益及び公益との調整を図ったものと解される。

ところで、本件文書の開示請求権は、憲法二一条の規定に基づいて直接的に発生するものではなく、栃木県公文書の開示について定めた本件条例によってはじめて実定法上の根拠が与えられ、その内容、範囲等が定まるものである。したがって、たとえ知る権利が憲法上の権利であったとしても、具体的な事案において、情報公開が認められるか否かを判断するに当たっては、本件条例制定の趣旨、目的を踏まえながら、条例の各条文の文言を法文解釈の一般原則に従って、合理的、客観的に解釈していく必要があり、それで足りるというべきである。

2  かかる見地に立って本件条例について考察すると、本件条例は、前判示のとおり、三条前段において、公文書を原則公開としながらも、同条後段において個人のプライバシー等に関して最大限の配慮を求め、六条前文において、「実施機関は、次の各号のいずれかに該当する情報が記載されている公文書については、公文書の開示をしないことができる。」と規定し、一号ないし七号にわたって例外的に公開しないことができる公文書を列記しているところ、それらの各非公開事由(適用除外事由)に該当するか否かの判断は、法文解釈の一般原則と本件条例の解釈基準を示した三条の趣旨に即し、行政側の恣意的な解釈、運用を排除すべく、六条各号の法文を忠実に解釈、運用することによって行われるべきであるが、殊に、栃木県の行政執行上の利益保護を図って制定されたと考えられる同条例六条五号等の解釈に当たっては、行政側の恣意的、濫用的な秘密扱いによって情報公開制度の実質的意味が失われないように、そこで保護されるべき利益が実質的に保護に値する正当なものであるか否か、その利益侵害のおそれが行政機関等の主観においてだけでなく具体的に存在するといえるかを、公文書の内容等に照らし、客観的に検討することが必要である。

二  本案の争点1(本件条例六条二号該当性)について

1  本件条例六条二号の非公開事由としての不利益情報の意義

そこで、本件情報の本件条例六条二号(非公開事由)該当性について検討するに、同条二号は、「法人等に関する情報……であって、公開することにより、当該法人等……に不利益を与えることが明らかであると認められるもの(不利益情報)」と規定していることは前判示のとおりであるところ、その趣旨、目的は、法人等が社会構成員としての自由な事業活動が認められていることに鑑み、その事業活動上の正当な利益を十分尊重、保護し、法人等に不利益を与えることを防止しようとしたものである。

このように同号は、公開請求権に対峙する利益として法人等の事業活動上の正当な利益を保護しようとしたものであるから、ここに「不利益を与えることが明らかである」とは、開示されることによって当該法人等の競争上の地位その他正当な利益を害すること、すなわち、法人の事業活動、事業運営、名誉、信用力、社会的評価、社会活動の自由等を害することが客観的に明らかであることをいうと解される。

2  本件情報の六条二号該当性

ところで、本件文書は、原告から被告に提出された昭和六三年度私立大学施設整備補助金交付申請書に添付された文書の一部であり、実施機関である被告の職員が職務上取得し、既に収受の手続が終了し、被告において管理している公文書(本件条例二条二項参照。)であるところ、私立学校法及び学校法人会計基準(昭和四六年文部省令第一八号、以下「会計基準」という。)に基づいて作成された原告の財務関係書類の一部であって、原告の経理内容に関する情報が記載されている。

(一) 原告は、右情報が経理情報であるという性質上、絶対的に秘密にすべきものであると主張しており、被告作成の情報公開事務の手引には、公開することにより不利益を与えることが明らかであると認められるものとして、生産技術上のノウハウ、販売、営業上のノウハウ、経理、人事等の情報が挙げられている(甲一)。しかし、経理情報にも種々のものが存在するのであるから、原則公開の理念を定めた本件条例三条の趣旨に照らし、経理情報であれば当該情報の具体的な内容等を検討することなく、当然に不利益情報に当たるとすることはできないといわなければならない。

(二) そこで、本件文書に記録されている経理情報の内容等に即して具体的に検討すると、本件文書に、原告の前年度収支計算書のうち、資金収支計算書及び消費収支計算書における予算、差異欄を除いた決算欄についての大科目部分並びに貸借対照表における昭和六三年度末欄、昭和六二年度末欄及び増減欄についての大科目部分が記録されていることは当事者間に争いがないところ、原告は、まず、右大科目部分に記載された金額を基に財務分析を行うことで、原告の学校法人としての経営実態をかなり明確に把握することができ、その分析結果を公表されている統計結果と比較することにより、原告が教育、研究活動その他の諸活動のうち、力点を置いている活動や他の学校法人との差異優劣などが判明し、原告の学校法人としての独自の経営戦略や経営上のノウハウ等を看取できる結果、原告とライバル関係にある他の学校法人が原告独自の右のノウハウ等を模倣することになり、原告の学校法人としての競争上の地位が害されることになる等と主張している。

(1) 学校法人は、教育事業という公共性の高い事業を行うことを目的としているが、学校教育法、私立学校法等の関係法令においても、自主性、独自性を活かした自由な教育、研究活動及びその他の学校運営が認められており、また、一つの経営体として各学校法人間には自ずと競争が存在し、殊に、大学や短期大学においては、一八歳人口の減少期を迎え、学生確保を中心とする熾烈な競争が存在している。このような状況下で各学校法人は独自の特徴を活かした経営上の秘密や経営ノウハウなどを駆使することによって、これに対応している(甲八、一六、乙六、弁論の全趣旨)。

(2) ところで、私立学校法及び会計基準が学校法人に作成を義務づけている財務関係書類のうち、前年度収支計算書は、資金収支計算書、資金収支内訳表、消費収支計算書及び消費収支内訳表で構成される当該会計年度の決算書であり、一会計年度における当該法人の資金の流れ、収支の均衡状況等が予算と決算を対比する形で記載されているものであり、そのうち、資金収支計算書は一会計年度における資金収支内容を明らかにするもの、消費収支計算書は当該会計年度における消費収入と消費支出の内容及び両者の均衡状態をそれぞれ明らかにするものである。また、貸借対照表は、当該会計年度末における当該学校法人の資産、負債、正味財産の状態、すなわち、財政状態を示す文書である。会計基準においては、これらの文書の記載科目として大科目のみならず、小科目についても記載を義務づけている(甲八ないし一〇、乙八、丙七、弁論の全趣旨)。これらに大科目レベルの数値をデータとして使用することによっても財務分析は十分可能であるとされていること(甲一〇、一六、乙八、弁論の全趣旨)を加味して考えると、右の各計算書類に記載されている情報が数期にわたって全て開示されるに至った場合には、当該学校法人の財務状況をかなり明確に把握することが可能となり、その構成比率等と公刊されている「今日の私学財政」等の平均比率等と比較すること等によって、その経営上の秘密やノウハウをある程度窺い知ることができるとの可能性を否定することはできないと考えられる。

(3) しかし、他方で、証拠(甲一〇、一二、一六、乙八)及び弁論の全趣旨を総合すれば、「今日の私学財政」においても、そこに記載された集計は、それぞれの区分における標準とか絶対的な目標値ではなく、あくまで平均値であるとされており、しかも、財務比率の評価は、個々の学校法人に適用する場合に内部事情等を個別に判断しなければ一概にその良否をいえないとされていること、原告提出の学校法人に関する財務分析に関する公認会計士作成の「学校法人の財務書類を非公開とすべき理由」「乙第8号証の『学校法人と経理公開』についての反論」と題する書面においても、私立大学の経営は単年度ではなく、永続的に行われるものであるから、単年度の経営を評価することには無理があるとされており、右書面中にも数期間(年度)にわたる数値を平均数値と比較してはじめて当該学校法人の特定の財務状態の把握が可能となる旨の指摘もいくつかなされていることなどが認められる。

しかも、本件処分の対象となっている本件情報が前年度(昭和六二年度の)収支計算書のうち、資金収支計算書及び消費収支計算書における予算、差異欄を除いた決算欄についての大科目部分並びに貸借対照表における昭和六三年度末欄、昭和六二年度末欄及び増減欄についての大科目部分であることは前判示のとおりであり、右の前年度収支計算書の資金収支計算書及び消費収支計算書はいずれも昭和六二年度限りの単年度のものに止まっている(甲一三)。

(4) また、原告も加入している日本私立大学協会などによって組織されている日本私立大学団体連合会(以下「連合会」という。)は、私立大学の果たす社会的責務及び公的助成を受けている側面をも含めた公共的性格の重大さに鑑み、平成元年七月三日、綱領及び指針を自主的に定め、綱領において、大学は極めて公共性の高い使命を負っており、私立大学を設置する学校法人の経営は常に大学の使命達成に向けて行われるべきところ、殊にその資産はいかなる私人にも帰属しないという公共的性格を有しており、学校法人の理事者は、大学に課せられた右使命とその財政基礎の公的・社会的性格、資産の公共財的性格に鑑み、倫理性・社会性の高い経営に徹すべきであるとし(乙五)、また、右綱領の精神を実現するための学校法人の経営のあり方について必要な基本的事項を示した指針において「学校法人の経理の開示については、学園関係者に、資金収支計算書、消費収支計算書、貸借対照表を、大科目を中心とするなどの方法で行う。」としている(乙六)。

これらは、いずれも経理公開を法的に義務づけているものではなく、あくまで各学校法人の自主的な判断に委ね、公開の範囲も学園関係者に限定しているものではあるが、連合会が右綱領や指針を定め、そこで学校法人の経理の開示について、資金収支計算書、消費収支計算書、貸借対照表を、大科目を中心とするなどの方法で行うとしたことは、私立大学の公共的性格からその財政を含めた運営全般に対する社会の関心に応えるべく、かかる経理公開の要請と各学校法人の経営上の利益確保の調和点を「大科目を中心とする資金収支計算書、消費収支計算書、貸借対照表の」開示に求めたものと考えることもでき、少なくとも右各計算書類の大科目程度の経理情報の開示が大学にとって必ずしも不利益を与えるものではなく、仮に何らかの不利益が生じるとしても、それは大学の公共的使命に鑑み、いわば受忍限度内にある不利益との判断を前提として行っているものと考えることができるのである。

そして、証拠(丙一ないし四、五の1)及び弁論の全趣旨によれば、実際にも、このような綱領や指針を受けて、東京地区私立大学教職員組合連合が首都圏私立大学五一校について調査した結果、昭和六三年度には、うち72.5パーセントの大学が消費収支計算書を、うち70.6パーセントの大学が資金収支計算書を、うち66.7パーセントの大学が貸借対照表を、平成四年度には、うち四四校(86.2パーセント)が消費収支計算書を、四〇校(78.4パーセント)が資金収支計算書及び貸借対照表を、それぞれ広報等で開示しており、また、明治大学においては消費収支計算書及び資金収支計算書の予算、決算及び差異欄についての大科目と貸借対照表の小科目まで、早稲田大学においては消費収支計算書及び資金収支計算書の予算、決算及び差異欄についての小科目まで、独協大学においては消費収支計算書及び資金収支計算書の決算欄についての大科目、貸借対照表の本年度末、前年度末及び増減欄についての小科目まで並びに消費収支予算内訳表及び消費収支決算内訳表の大科目を、それぞれ広報等で開示していることなどが認められる。

これらは、当該大学において右の程度の経理情報の開示を実施しても、当該大学にとって他大学との競争上の地位において不利益がないとの判断に基づきなされたものであることを推測させ、それが各大学の自主的な判断によってなされたものであることを前提としても、大学において前記経理公開の精神が浸透しつつあることを裏付けるものともいえるのである。また、それが学園関係者を対象とする広報などによる開示の限度であるとしても、それによって一般第三者に容易に伝播される可能性のあることからすれば、これらの開示は当該情報が実質的に第三者に伝播されることを当然に予想してなされているものといえるのであって、そのことは原告主張の前記不利益が客観的に明らかであるとは必ずしもいえないことを示すものといえるのである。

この点について、原告は、これらの開示が各学校法人の自主的判断に基づくものであることを強調するが、本件で問題とされているのは、あくまで本件情報が開示されることによって、学校法人たる原告に競争上の地位を害するという不利益を与えることが客観的に明らかであるかという点であるから、それが自主的に開示されたものであるか否かとは一応切り離して考察する必要があるというべきである。

なお、被告及び参加人は、現在多くの大学で経理情報を開示していることや私立学校法四七条が学校法人に毎会計年度終了後二月以内に財産目録、貸借対照表及び収支計算書を作成し、常にこれを各事務所に備え置くことを義務づけていること等を理由に、学校法人の経理情報はそもそも開示されるべき性質のものである旨の主張をしているが、学校法人の経理情報開示は、私立大学の自主性と公共性に伴う社会的責任を踏まえ、主として学園関係者に理解と協力を得るために行われるのであって、基本的には各大学の自主的判断に委ねられているところであるから、仮に原告の主張するところが現在の多数の学校法人による経理情報開示の趨勢に反するものであったとしても、それをもって直ちに原告が経理情報の公開を義務づけられているものということはできない。また、営利法人である株式会社における開示制度に関する議論が公益法人である学校法人にそのまま妥当するものでないことも明らかである。

(5) 以上を総合すれば、本件文書に記録されている大科目レベルの数値でも財務分析は十分可能ではあるが、原告以外の外部の者が右情報を基に原告の財務分析を行ったとしても、その客観的な判断は作成者から詳細な説明を受けない限り困難であり、当該学校法人のおおよその姿しか伺い知ることができないものというべきであって、少なくとも、そこから得られる分析内容からは、他の学校法人との関係で、客観的に見て原告の競争上の地位その他正当な利益を害するような原告独自の経営上の秘密やノウハウ等を看取することは困難であると認めるのが相当であり、また、これを覆すに足りる特別の事情も存在しないので、結局、原告の前記主張を採用することはできない。

(三) さらに、原告は、本件文書から得られた情報を基に原告の経営状況や事業運営等について不特定の第三者から一定の批判が加えられ、ひいては原告の教育研究等の活動等に干渉を受け、原告の大学の自治及び自主的な学校運営等が阻害されることになるうえ、本件文書の分析結果が悪意に満ちた一方的な、ためにする解釈によって広く公開されれば、原告の信用力、社会的評価等が容易に害されることにもなるとも主張している。

しかし、本件情報の公開が、原告の客観的な競争上の地位その他正当な利益を害するようなものでないことは前判示のとおりであるから、仮に本件情報を基に原告が第三者から批判、批評等を受けることがあったとしても、それは原告の大学の自治や自主的な学校運営等を阻害する関係になるものとは必ずしもいえないのであって、また、本件情報程度のものが開示されることによって原告に対する悪意の宣伝等がなされることを具体的に裏付けることを窺わせる特別の事情の存在も認められないのであるから、原告の右主張は抽象的な可能性ないしは主観的な危惧に止まるものであって、客観的に明らかなものということはできない。

したがって、原告の右主張を採用することもできない。

(四) 以上によれば、本件情報が本件条例六条二号に該当すると認めることはできない。

三  本案に関する争点2(本件条例六条五号該当性)について

1  原告は、本件情報が開示されることによって、大学誘致事務の一環である本件補助金交付事務の実施目的が失われるから、本件情報が本件条例六条五号に該当する旨主張している。

本件条例六条五号は、「県の機関又は国等が行う検査、監査、取締り、争訟、交渉、入札、試験その他の事務に関する情報であって、当該事務の性質上、公開することにより、当該事務若しくは同種の事務の実施の目的が失われ、又はこれらの事務の公正若しくは適切な実施を著しく困難にするおそれのあるもの」と規定している。これは、同号に掲げられた事務の実施に関する情報の中には、当該事務の性質上、公開されることにより県民全体の福祉の増進を目的とする行政の公正若しくは適切な実施が阻害され、ひいては県民全体の利益が損なわれる情報があり、このような情報を公開すれば、かえって本件条例がめざした公正若しくは適切な県行政の実施が阻害される結果となるから、それを防止しようとの趣旨に基づくものである。

2  本件情報は、私立大学施設整備費補助金交付申請書に添付された文書の一部に記載されていたことからすれば、補助金交付事務に関する情報といえるところ、補助金交付事務が六条五号の挙げる「検査」以下の各種の事務に該当しないことは明らかであるが、仮に同号の掲げる「その他事務」に該当するとしても、次に述べるとおり、本件情報の開示によって、本件補助金交付事務の実施目的を失うことにはならないというべきである。すなわち、

(一) 栃木県の行政執行上の利益保護を図って制定されたと考えられる六条五号等の解釈に当たっては、行政側の恣意的、濫用的な秘密扱いによって情報公開制度の実質的意味が失われないように、そこで保護されるべき利益が実質的に保護に値する正当なものであるか否か、その利益侵害のおそれが行政機関等の主観においてだけでなく具体的に存在するといえるかを、当該公文書の内容等に照らし、客観的に検討することが必要であることは前判示のとおりであるから、当該事務の実施目的が失われ、又はその公正若しくは適切な実施を阻害するおそれがあるか否かの判断においては、その危険の有無、程度等を客観的な資料に基づき、客観的、合理的に検討して判断することが必要であると解される。

(二) ところで、本件補助金交付事務は、大学誘致をはじめとする高等教育機関の整備を図ることによって、県民の高等教育の機会拡大と振興を図ることを目的とするものであるところ(乙二)、本件情報の開示が原告の客観的な競争上の地位その他正当な利益を害するものでないことは前判示のとおりであるから、仮に本件情報が開示されたとしても、そのことが、社会通念上、原告と栃木県との間の信頼、協力関係を損なわせる客観的な事情とはならないというべきである。また、綱領や指針が大学の「大科目を中心とする資金収支計算書、消費収支計算書、貸借対照表の」開示をうたい、現実にも経理情報を広報等で開示している学校法人が少なからず存在することは前判示のとおりであり、学校法人が栃木県へ進出するか否かの決定をするに際し、様々な要因を検討するであろうことは容易に想像できるところであるから、本件情報程度の経理情報が開示されたとしても、そのことのみによって栃木県に大学ないしその学部の設置を差控える学校法人が増加するなど、栃木県の今後の大学をはじめとする高等教育機関の誘致を著しく困難にするおそれもないといえる。

(三) したがって、本件情報を開示することによって本件補助金交付事務の実施目的を失わせるおそれは認められない。

3  以上によれば、本件情報が本件条例六条五号に該当すると認めることもできない。

第四  結論

よって、原告の本訴請求は、その余について判断するまでもなく理由がないので棄却する。

(裁判長裁判官小林登美子 裁判官桑原伸郎 裁判官達修は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官小林登美子)

別紙目録

昭和六三年度私立大学施設整備費補助金交付申請書(帝京大学理工学部)に添付された次の文書

1 前年度収支計算書

(1)資金収支計算書

予算及び差異欄を除き、決算欄について、大科目部分

(2)消費収支計算書

予算及び差異欄を除き、決算欄について、大科目部分

2 貸借対照表

本年度末欄、前年度末及び増減欄について、大科目部分

* 本書において、大科目とは学校法人会計基準別表第1、第2、第3による大科目及び第1、第4、第6号様式における大科目に相当する科目

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